もう一度(オフライン)どうだ?なんて言われる事があった。
こちらとしても現在の職場が色々とキツく感じてきた(心身ともに)ので気にはなる。一応呼び戻すための表向きな理由らしきものは用意されてるらしいが、聞くとどうも誰でも出来そうな案件だし、反対する人もいらっしゃるようなので戻る事もないと思う。
表向きの理由は兎も角、本当は「色々と便利だから」と言う事らしい。SE的な仕事をさせたいんだろうなぁ。…まぁ嫌いじゃないんだけどね。
今まで事あるごとに○○が効率悪い、こうすればいいのに、とか、さも偉そうに言ってきたけど、冷静に考えると今の自分じゃもう無理だ。
あんなのはバリバリの30代の仕事で、俺ぁもう賞味期限きれちゃってるからな。
2012/10/14
2012/10/03
クルマ
こんな記事がありました。
ttp://www.rbbtoday.com/article/2012/10/03/95283.html
”スマホにタイヤが付いたようなもの” ですって。楽しそうですね。
記事中にはありませんが、某新聞ではこんな事が書かれていました。
『ITなどで新たな価値を付けられれば、将来も自動車ビジネスは発展できる』
(友山常務役員)
これは結構危険な考えだと思うのですがどうでしょう。
良く言われているように現在の若い人達はクルマに興味をもっていない場合が多いようです。そこで『スマホ』というキーワードの登場、まぁ解らなくもありません。
しかし収入の少ない彼らですから、地方の不便な場でやむを得なく購入してる層を除いては、何かとコストのかかるクルマ、ましてや無駄とも思える付加価値の付いた高いものなど選択肢にも入らないと思うのですね。
このままでは国内家電メーカーの二の舞になってしまいそうです(…いやむしろ面白いからどんどん突っ走れ、とも少し思いますが)
クルマを売るにはどうしたらよいか?値段をぐっと下げるとか、税負担を軽くするとか(これは働きかけているようですが)。もしくは道交法を大胆に変えて奇抜なクルマを作るとか…?
うーん、どれもありがちですかね…。難しいです。
いっそのことクルマを売る、という事から脱却して事業を多角化するか、もしくは作って売るだけ(あくまで基本が)というビジネスモデルを大きく変える何かが欲しいですよねぇ。
と、ぺーぺーがいい加減な事をぬかしてみる。
2012/09/24
2012/09/05
宿題
9月3日、小6女児が宿題が終わってない事を苦に自殺未遂を図る事件がありました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120903/crm12090311280005-n1.htm
非常に身につまされる思いで記事を読みました。我が家の娘も同じように小6であり、宿題が終わっていなかったからです。やや内向的で、どこか完璧主義的な所を持つ娘がこのような事態になるのは小学時代初めての事で、鬱々としている姿を見て少し心配だった、という事もあります。
毎日毎日宿題やれよ、と声を掛けてはいましたが基本的に本人任せで、気が付けばゲームやパソコンを弄ってる始末。夏休み最終日には物理的に不可能なところまで追い込まれました(意地を張って深夜1時半過ぎまで粘っていましたが)。
夏休み最後に宿題が終わってないという話は今も昔も良くあることです。寧ろ大人になった時に笑い話や思い出話として語れる良い材料となる事でしょう。
人生ン十年を思えば宿題が出来た出来ないは大した事じゃないんです。
ただ、自分の小学生時代と比べると、今の宿題の量はかなり多くなっており、プレッシャーもそれなりにかかっています。様々な娯楽が溢れる誘惑の多い時代に、今の子供たちは少し可哀そうな気もします。
とは言え、やらずに済む物では無いし、誘惑が多いからこそ、もう少し厳しくすべきだったという親としての反省もあります。また、間に合わない可能性が出てきてから強く言うよりも、初めから計画的にやらせておけば良かったとも思います。
”計画的”という言葉の意味は何となく分かっている筈ですが、方法論となるとまた別の話で、どうしたら良いのかきっとわからないのだろうと思います。きっと大人でもそういう人は多いのではないでしょうか。
来年は中1になり、宿題も更に厳しくなりそうです。中学生にもなって過保護な感じがしなくもありませんが、今までほったらかしだった分、次回は一度だけ付き合って計画的に進めるという事を体験させてやろうと思います。
何といっても娘には成長して欲しいし、宿題ごときで苦しむ姿はあまり見たくないですからね。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120903/crm12090311280005-n1.htm
非常に身につまされる思いで記事を読みました。我が家の娘も同じように小6であり、宿題が終わっていなかったからです。やや内向的で、どこか完璧主義的な所を持つ娘がこのような事態になるのは小学時代初めての事で、鬱々としている姿を見て少し心配だった、という事もあります。
毎日毎日宿題やれよ、と声を掛けてはいましたが基本的に本人任せで、気が付けばゲームやパソコンを弄ってる始末。夏休み最終日には物理的に不可能なところまで追い込まれました(意地を張って深夜1時半過ぎまで粘っていましたが)。
夏休み最後に宿題が終わってないという話は今も昔も良くあることです。寧ろ大人になった時に笑い話や思い出話として語れる良い材料となる事でしょう。
人生ン十年を思えば宿題が出来た出来ないは大した事じゃないんです。
ただ、自分の小学生時代と比べると、今の宿題の量はかなり多くなっており、プレッシャーもそれなりにかかっています。様々な娯楽が溢れる誘惑の多い時代に、今の子供たちは少し可哀そうな気もします。
とは言え、やらずに済む物では無いし、誘惑が多いからこそ、もう少し厳しくすべきだったという親としての反省もあります。また、間に合わない可能性が出てきてから強く言うよりも、初めから計画的にやらせておけば良かったとも思います。
”計画的”という言葉の意味は何となく分かっている筈ですが、方法論となるとまた別の話で、どうしたら良いのかきっとわからないのだろうと思います。きっと大人でもそういう人は多いのではないでしょうか。
来年は中1になり、宿題も更に厳しくなりそうです。中学生にもなって過保護な感じがしなくもありませんが、今までほったらかしだった分、次回は一度だけ付き合って計画的に進めるという事を体験させてやろうと思います。
何といっても娘には成長して欲しいし、宿題ごときで苦しむ姿はあまり見たくないですからね。
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